動物の眠りや寝方は、置かれてる環境によって自然に異なる
草食動物など弱い動物ほど立って寝る。肉食動物でもうつ伏せ・・・しかし、ペットは平気で仰向けで伸びながら寝たりする。
動物は、危険がないほど仰向けに近い寝姿勢をとるということだろう。
人も動物な訳だから、本能的にその時々の環境で姿勢を取る同じと考えると、仰向けで寝れてる時が一番ストレスがなく、リラックスできていると考えられる。
腰が痛かったりするときは、横向きで胎児のように丸まって寝る・・・これは、腰が楽だから。
また、心配事や気になることが頭にあると、横向きの姿勢になりがちだそうだ。
うつ伏せは?・・・野生の肉食獣と同じように危険から身を守る姿勢ということで、ボクサーで言えば、打たれてる時のガードを取った姿勢ということになるかもしれない。肉体的な危険よりも、精神的な危険、つまり「ストレス」ということになるだろう。
「もう撃たないでくれ!」・・・そんな感じかな?^^
そう考えていくと、寝方は、その日の「カラダ」「気持ち」「環境」「生活サイクル」の状態を受けて、動物としての本能で自然にそれらを考慮して取らせてる。
だから、世間で言うところの「理想的な寝姿勢」もなければ「正しい寝方」などありようがない・・・あるのは、その日の自分に最も忠実で、ラクな寝方が、その日の自分には一番いいということ。
もし、「いい睡眠を得るには理想的な寝姿勢・寝方はこれだ!」という提唱があるのなら、理想的な寝姿勢・寝方を意識して寝つかれないのと、それを無視して自然に任せて熟睡できたのとでは、どっちが睡眠の質は高いのかを聞いてみたいものだ。
人間工学的なデータは平均値に過ぎない
これは眠具でも同じ事、人間光学に基づいてとか、○○研究機関のデータを基に作られたとか、いかにも説得力のある商品開発だが、よく考えれば、そんな平均値を集めて作った眠具は誰が使っても合わないといってるようなもの。なぜ?って、それは平均値の人なんて滅多に存在しないから。
人それぞれの凸凹の数値を平均化した数値な訳だから、誰が使ってもいいとこ60点くらいの使い心地だろう。
○○的な平均値が必要なのは「眠れない」という人を、最低限「眠れる」環境にする場合だけだろう。
「至福の眠り」は「動物として素直に気持ちのいい眠り」
「快適な眠り」とか「至福の眠り」とか・・・心地よさや気持ち良さを眠りに求める場合は、一切の情報を排除して動物に戻って、自分が一番気持ちいいもの、一番心地が良いものを探すことだ。他の人には40点であっても、自分にとって120点の心地よさならいいのではないか。
いつの間にか動物の中で人間だけが本能ではなく、情報だけで判断するようになってしまったが、そろそろもう一度動物に戻って自分の快適な眠りを求める必要があるのではないか。
住空間ではなく「巣」、ベッドルームではなく「寝所」、こんな表現に変えてみると、意外といろいろなものが正直に見えてくる感じがする。