睡眠は「方法」ではなく自分の「文化」で眠っている

快眠は数値で判断できない

理想的な眠りも、究極の眠りも、至福の眠りも、人間工学の数値や工業技術で得られるものではない。「眠り」自体が非論理的なものであって、恋愛や味覚と同じように、自己満足の頂点にあるようなものだ。
「睡眠」に関する学問は、その非論理的な快楽をメカニズムとして論理的に分析・臨床して解き明かすもので、「眠り」はあくまでの自分の趣向やフィーリングという快楽そのものだとオレは考えている。

「睡眠」と「眠り」は別物

「睡眠」は医学や生理学の分野だから、左脳で考え判断するものだけど、「眠り」は右脳で感じるものだとかねてからオレは思っている。自分の「睡眠」を数値化するのは、医学や生理学の分野で必要なことだけど、その数値で「快眠」を計ろうとするのは間違い・・・できるわけねーだろ!って感じだわ。

だからオレは、<人間工学に基づいた…>とかのキャッチが付いてる寝具は大嫌いなんだわな^^;;

以前、オレは24cmの高さの枕を使っていたんだけど、同業者に「枕の理想的な高さは8〜11cmだから、健康に悪いですよ」って言われたんで「健康的な高さで眠れないのと、不健康な高さで眠れるのだったら、どっちが健康的なんだと思う?」って聞いたら答えに困ってたけどねw オレは腰痛持ちで喘息持ちだから、横向きでしか眠らないのでその高さのを使ってたんだけどね。

眠るという行為の目的は「気持ちよく眠りに落ちる事」であり、「気持ちよく目覚める事」・・・それができれば「蘇生」という結果は当たり前についてくる。
オレはそう思うねぇ〜

そして、完全な「不眠」は「死」であるし、「究極の眠り」も「死」なのかもしれないね。
快眠を追いかけるなら、まず自分の生活リズムと文化基準(趣向)を見直すことが必要だ。そして、その基準に合う快眠を求める事だと思う。快眠自体が自分の文化の中にない人も多いから、そういう人は別ね。

自分の文化で眠っていることを忘れないこと

また、自分が嫌いだったり、自分に自信がないと、決して睡眠は深く取れないように思う。そう考えると、睡眠の質はその人の”その日の生きざまの結果”なのかもね。

オレたちは、自分の文化で快適な眠りを得るのであって、理屈や能書き、数値で得ている訳ではないって事を決して忘れてはいけないんだよね。

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